Vol.60『蛇の穴』の続き

 今回ご紹介する『蛇の穴』の主人公ヴァージニアは、カタトニア(緊張病)で精神を病んでいる患者です。過去の記憶が欠落して思い出せず、突然思い付いた事を言い出したりします。物語はヴァージニアの視点で語られ、それにキック医師の原因究明の話が導入されて進行します。劇中ヴァージニアの心の声と誰かの声が聞こえて、精神を患った人の心理状態が表現されています。

クラレンスとヴァージニア(左) ヴァージニアに話しかけるキック医師(右

 精神病院の中庭にあるベンチに座るヴァージニア。彼女の頭の中に誰かの声が聞こえて来て、それに頭の中で答えています。横を見ると同じベンチに座っている女性に気が付き、その女性に近づいて話し掛けます。そのベンチに座っているのはクレランスで、ヴァージニアの事が心配でいつも傍にいますが、ヴァージニアは知らない人だと思って話掛けます。(冒頭からヴァージニアの頭の中の混乱振りが、よく分かる演出です。)病棟に戻る指示を聞きクラレスは、ヴァージニアの手を取って病院の入り口に向かいます。ヴァージニアは自分が入院患者だと自覚していないので、意味不明の事を言いながら病棟に入っていきます。病院内に入って行きながら、ヴァージニアは頭の中に思い浮かぶ事を口走ります。病院内を見回して刑務所にいると思い逃げ出そうとしますが、それをクレランスが止めます。そこに担当のキック医師が現れてヴァージニアに声を掛けます。彼女は見知らぬ人に話しかけられたと思い警戒し、キック医師の質問には支離滅裂な答えを返します。結婚しているかと聞かれて最初は未婚だと答えますが、直ぐに結婚していると答えます。それを聞いた夫のロバートは、彼女に自分が夫のロバートだと言いますが彼女には分かりません。それを見ていたキック医師は、ロバートを彼女から引き離してその場を去ります。

食堂で食事をするヴァ-ジニアとロバート(左)
映画館でプレゼントするライターで煙草に火を点けるヴァ-ジニア(右)
(映画館は禁煙でしたが、1950年代までは日本も喫煙する人が結構いました。)

 画面が変わってキック医師の執務室。キック医師は、ヴァージニアが発病した原因を究明する為にロバートを病院に呼び出していました。ロバートはヴァージニアの過去の出来事をキック医師に語り始めます。ロバートがシカゴの出版社で編集の仕事をしている時に、彼女が持ち込んだ小説は採用されなかったと伝えたのが最初の出会いでした。(この時、彼は彼女にマッチを貰います。)彼はいつも下の階の食堂で昼食を食べていましたが、ある日彼女を食堂で見かけ同席して一緒に食事するようになります。何度か食堂で会って、二人が好きなクラッシックのコンサートに行ったりデートするようになります。ある日、コンサートに行く前に時間潰しをしていた時、16時40分を指す時計を見た途端に彼女はコンサートに行けないと言ってその場から去ります。その後、彼はニューヨークのオデオン・ホテルで働き始め、クラッシック・コンサートに行っては彼女を捜します。半年後のボストン交響楽団のコンサートで、彼女と再会します。(この時、彼女は彼の煙草にマッチで火を点けます。)又、以前の様にデートを重ねる日々が続き、二人で映画を観に行ったときに彼女は彼にライターをプレゼントします。二人でニュース映画(1960年代前半までだったと思いますが、映画の本編が始まる前にニュース映画が上映されていました。ニュース映画や短編のサイレント映画だけを上映する映画館もありました。昔の映画館は現在のような入れ替え制では無かったので、同じ映画を何度でも観る事が出来ました。)を見ている時に、彼女は画面上の5月12日の文字を観て表情が変わります。映画館から出たヴァージニアの具合が悪そうなのでロバートが声をかけると、彼女は私と結婚したいかと聞きます。何度も求婚しているロバートは結婚しようと答え、彼女の望むように翌朝結婚します。結婚から数日後、ロバートが帰宅するとヴァージニアの様子がおかしくなっていて、日付も分からず夫のロバートの事も分からなくなりました。それでロバートは彼女を病院に入院させましたと、キック医師に話します。話を聞いたキック医師は、5月12日が病気の原因究明の鍵になると判断し、ショック療法をするとロバートに伝えます。

電気ショック治療機(左)     頭に電極を付けられたヴァ-ジニア(右

 画面が変わって、ヴァージニアのショック療法が始まる場面になります。(1933年にカタトニアの治療法としてインシュリンによる低血糖昏睡による治療が行われ、1939年に頭部に通電するショック療法も行われるようになりました。1950年代に精神病治療薬が開発されてからは、ショック療法は減少しています。)グレイスに付き添われてベンチに座るヴァージニアは、非常に怯えています。治療室に入ると真ん中に丸いメーターが付いた黒い箱状の電気装置が目に入ります。怯える彼女をキック医師は、ベッドに寝かせます。3人の看護師が彼女の足を押さえ付け、頭の両側に電極を付けられます。彼女は処刑されるのかと思っている時に、電気ショック治療が始まります。10月4日から10月16日までの間に4回の電気ショック治療が行われました。大きな変化が無かった4回目の治療の次の日の夜、キック医師は彼女と話して変化の兆しを感じます。翌日ショック療法を中止し、執務室でヴァージニアと面談します。

ヴァ-ジニアから過去の出来事を聞き出すキック医師(左)
中庭でランチを取るロバートとヴァージニア(右)

 画面が変わって執務室、ヴァージニアはキック医師と昨晩会った事を記憶していて症状に変化が現れています。キック医師が“5月12日”の日付を出した途端に彼女は取り乱し、机の上のナイフに眼が行きます。忘れたい過去の事に触れられた時、凶暴性が一瞬頭に思い浮かぶ事があります。キック医師は確信に近づいたと確信し、彼女を落ち着かせて面談を続けます。彼女は断片的に記憶を取り戻し、キック医師に夫ロバートの事も聞き始めます。キック医師は、ロバートが面会日には必ず会いに来ている事を彼女に伝えます。面会日にロバートが会いに来ますが、彼女は偽物じゃないかと疑りながら話します。二人は病院から出て庭でランチをしますが、ドアに鍵が掛かっていない事に驚きながら外に出ます。彼女は鶏肉をかぶりつき、その後喫煙する時にロバートが彼女からプレゼントされたライターを渡します。“RC”のイニシャルが書いてあるライターを見て、彼女は本当の夫だと安心します。

シカゴでの出来事を聞き出すキック医師(左)
ヴァージニアに求婚するゴードン(右

 キック医師は病院側からヴァージニアを退院させるように指示を受け、手っ取り早い方法(恐らくインシュリンによる低血糖昏睡)で原因追及をします。この治療によって彼女が、シカゴで突然コンサート行きを止めて帰宅した理由が判明します。彼女がその頃付き合っていたゴードンと6時30分に会う為でした。その日ゴードンと車で出掛けますが、車中でゴードンに求婚されて彼女は取り乱します。ゴードンに気分が悪くなったから引き返すように頼み、ゴードンは引き返します。その時トレーラーと衝突してゴードンは死亡した事が分かります。(この場面でのオリヴィアの演技は迫力満点です。)この話を聞いたキック医師は、ヴァージニアの退院を中止するように進言しますが、病院側は彼女を退院させようとします。

ヴァージニアに退院審査の事を話すロバート(左)
台詞無しで一瞬登場するメエ・マーシュ(右

 画面が変わって患者用の食堂。ロバートはアイスクリームとコーヒーを買っている間、ヴァージニアは席に座って周りにいる人達を観察して色々思いを巡らしています。(この場面でメエ・マ-ーシュがワン・シーン登場します。)ロバートが退院審査の話をし、退院してロバートの母親の農場に行って暮らそうと言います。ギフォード院長が退院審査の許可を出したし、キック先生も同意しているとロバートが彼女に伝えます。

ヴァージニアに質問をするカーティス医長(左)
ヴァージニを落ち着かせるキック医師(右

 退院審査の日、最初キック医師がヴァージニアに質問に答えるように依頼しますが、話がかみ合わずカーティス医長と変わり質問が始まります。住所を聞かれますが、思い出せません。夫ロバートの職業も以前の仕事の事しか分かりません。動揺しているヴァージニアにカーティス医長は、働いた事はあるかと聞きます。彼女は働いた事はあると言い、自分の社会保険番号を言い出します。カーティス医長は社会保険番号を覚えているのに、住所も言えないのかと彼女の鼻先に葉巻を持った指先を向けて言います。キック医師は審査を中止するように言います。彼女はその指先を自分に向けてくる動作に恐怖を感じ、頭の中に嵐の海が現れ溺れそうな自分が映し出されます。彼女は崖の上に上がる為に両手を掛けていますが、看護師がその手を外したので海に落ちます。すると彼女は一人用の風呂に入っている画面に変わります。看護師と言い合いしている時にキック医師が来て話しかけても彼女は話をしなくなります。

 次回に続きます。最後までお付き合い頂きまして、有難う御座いました。

『蛇の穴』 作品データ

アメリカ モノクロ 108分

原題:The Snake Pit

監督:アナトール・リトヴァク

脚本:フランク・パルトス、ミレン・ブランド

原作:メアリー・ジェーン・ウォード

製作:アナトール・リトヴァク、 ロバート・バスラー

撮影:レオ・トーバー

音楽:アルフレッド・ニューマン

出演:オリヴィア・デ・ハヴィランド:ヴァージニア・カニンガム

   マーク・スティーブンス:ロバート・カニンガム

   レオ・ゲン:マーク・キック医師

   セレステ・ホルム:グレイス

   グレン・ランガン:テリー医師

   ヘレン・グレイグ:看護師ベティ

   リーフ・エリクソン:ゴードン

   ビューラ・ボンダイ:ミセス・グリア